大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)188号 判決

上告人

早野正

代理人

大塚正民

被上告人

弘容信用組合

代理人

大沢憲之進

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大塚正民の上告理由第一点について。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)は、本件約束手形は、訴外関西製鉄株式会社(以下関西製鉄という。)によつて訴外三立商事株式会社(以下三立商事という。)宛に振り出し交付され、三立商事から訴外港陽金属株式会社(以下港陽金属という。)に、港陽金属から上告人に順次裏書譲渡されたものであり、一方、千代田信用組合(以下信用組合という。)は、本件約束手形の信用をあつくするため、三立商事に対し、信用組合が同手形金につきその振出人である関西製鉄と連帯してその支払義務を負う旨の本件民事保証をしたとの事実を確定したうえ、本件民事保証の効力についての判示として、関西製鉄と三立商事が信用組合の組合員でなかつたことは、上告人が明らかに争わないから自白したものとみなされるとし、そうすると、信用組合が非組合員に対し民事保証をしたことになるから、特段の事情のないかぎり、本件民事保証は同組合の目的に反するとし、結局、本件保証は信用組合の事業遂行のため必要な範囲外の行為として無効であるとするほかはないと判断している。

しかしながら、原判決の引用する第一審判決の事実の摘示によると、上告人は、関西製鉄が信用組合の組合員である旨を主張していたことが明らかであり、その後、上告人がこの主張を撤回した形跡のないことは本件記録上明らかである(上告人は、関西製鉄が信用組合の組合員でない場合の主張を仮定的に付加しているが、これをもつて、上告人において関西製鉄が信用組合の非組合員であることを明らかに争わないとはいえない。)。そうすると、右は、むしろ当事者間に争いのある事実と解さなければならない。したがつて、原審は、争いのある事実を証拠によらないで認定した違法があるものというべきであり、しかも、かりに関西製鉄が信用組合の組合員であるとすれば、原判決確定の事実関係のもとでは、本件保証が同組合の事業の目的の範囲内の行為であるとみる余地が十分にあるから、右法令違反は、原判決に影響を及ぼすものといわなければならず、この点の違法をいう論旨は理由がある。

すすんで、原判決は、本件保証がかりに信用組合の目的の範囲内であつて有効であるとしても、この保証は単に三立商事に対してのみ有効であつて、上告人に対してまで保証したことにはならないと判示し、その理由として、三立商事が取得した本件保証債権を他の第三者に譲渡するには指名債権譲渡の方法によつてすることが必要であり、本件保証書がたまたま本件約束手形とともに転転し、上告人の入手するところとなつたからといつて、上告人が本件保証債権を取得したことにはならないというのである。

そこで案ずるに、約束手形の振出人のために受取人との間でその手形金債務の支払について手形外の民事保証契約が締結された後、この約束手形が裏書譲渡された場合、右保証債権は、裏書自体の移転的効力によつては、被裏書人に当然に移転するとはいえない。しかし、一般に保証債権は、主たる債権を担保する目的上附従性を有し、主たる債権の移転に随伴する性質をもつものであるから、主たる債権の移転とともに移転し、主たる債権の譲渡について対抗要件が具備された場合には、主たる債権を取得した者は、保証債権の譲渡につき別段の対抗要件たる手続を履践することなく、保証債務の履行を求めることができると解するのが相当である(大判明治三八年(オ)第五四二号同三九年三月三日民録一二輯四三五頁、明治三九年(オ)第四七〇号同四〇年四月一一日民録一三輯四二一頁、明治四二年(オ)第一四五号同四二年六月二九日民録一五輯六四〇頁、大正元年(オ)第一一四号同年一二月二七日民録一八輯一一一四頁、大正三年(オ)第一一七号同年五月三〇日民録二〇輯四三〇頁、大正六年(オ)第四六七号同年七月二日民録二三輯一二六五頁参照)。この理は、主たる債権の種類および債権譲渡の態様によつて別異に解すべきではないから、主たる債権が手形債権であり、債権譲渡が裏書による場合であつても同様であり、裏書によつて手形債権を取得した者は、民事保証債権につき別段の指名債権譲渡の手続を履践することなく、右保証債務の履行を求めることができると解すべきである(なお、本件保証書の名宛人欄には、三立商事株式会社と記入されているが、これをもつて、本件保証債権について譲渡禁止の特約があつたものと即断することはできない。)。したがつて、この点について原判決の判断にも法令違反があるものといわなければならず、結局、原判決は破棄を免れない。

そこで、さらに審理を尽くさせるため、その余の上告理由についての判断を省略し、本件を原審に差し戻すのを相当とする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人の上告理由

第一点 原判決には、当事者の主張しない事実を採用した違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明白である。

一、原判決は、「ところで、関西製鉄株式会社と三立商事株式会社が千代田信用組合の組合員でなかつたことは、控訴人が明らかに争わないから、自白したものとみなす。」との前提事実を踏まえた上で、次の如く結論している。曰く「本件で問題になる信用組合が、非組合員のため非組合員に対し民事保証をすることは、特段の事情――保証にみあう多額の保証料を受領するとか、求償債権について担保を確保しておくなど――のないかぎり、信用組合や組合員に、なんらの利益をもたらさないばかりか、かえつて、保証債務を履行することによつて組合員が不利益を受けるばかりか組合自体の経済的基礎を危くするもので、このことは、前述した信用組合の目的に全く反するといわなければならない。本件において、前記特段の事情について控訴人は主張、立証しない……(中略)……結局本件では、非組合員のため非組合員に対し保証することが是認できる特段の事情は認められないことに帰着する。そのうえ、本件の民事保証が千代田信用組合の経済的基礎を確立するためになされたことの主張、立証もない……(中略)……ばかりか、本件保証は、信用組合の『事業遂行のため不適当でない』場合にも当らないというより、むしろ、前述したとおり信用組合や組合員の利益に反し不適当であると考える。……(中略)……そして、本件民事保証について、それをした役員に対し中小企業等協同組合法一一五条一号による罰則があることを理由に、行政監督の措置上、これを処罰することにしたにとどまり、保証自体は適法であるとの解釈も採らない。……(中略)……以上の理由で、本件民事保証は、千代田信用組合の事業遂行のため必要な範囲外の行為として無効であるとするほかはない。……(中略)……そうすると、本件民事保証が有効であることを前提にした控訴人の主張は、その余の判断をするまでもなく失当である。」……原判決の理由第二項を参照。

二、しかしながら、原判決が右の結論を導くための前提とした事実、すなわち、「関西製鉄株式会社と三立商事株式会社が千代田信用組合の組合員でなかつた」という事実は、そもそも本件において当事者が全然主張しない事実であることは、本件記録上明白である。いわんや、この事実を「控訴人が明らかに争わないから、自白したものとみなす。」と判示するに及んでは、原判決の一人相撲も甚しいといわなければならない。

三、本件記録上明白な如く、原審(第一審)において、被上告人が主張した事実は、要するに、「信用協同組合は組合員の相互扶助を目的とする公益社団法人であつて、組合員以外の者と取引することは許されないことからして、その保証債権の譲渡も、また禁止されているものというべきである」ということにとどまる。……第一審判決の事実摘示の項を参照。

そうだとすれば、被上告人の右の如き主張はいわば一種の法律問題であつて、いわゆる裁判上の自白の対象にはならない性質のものなのである。

四、もつとも第一審判決は、その理由において全くの傍論として「ところで証人白記清太郎、同倉崎正の各証言を総合すると、前記関西製鉄株式会社は千代田信用組合の組合員ではなく、したがつて、同訴外会社の前記定期預金は組合員でない者との間に成立した預金契約に基づくことが窺われなくもない。」と述べてはいるものの、右の前提は結局において上告人にとつて不利な結論を導くことなしに終つているのである。原判決は、この第一審判決の傍論的前提をあたかも当事者が主張したかの如く誤解し、しかも、今度は逆に第一審とは全然反対の立場から、この前提そのものをもつて上告人の本訴請求を排斥した訳である。

五、しからば、そもそも第一審判決の右の傍論的前提事実自体の真偽はどうかというに、これがまた全くの独断による事実誤認なのである。すなわち、別添した昭和四十三年十一月二十一日付の日本経済新聞に掲載された「不正融資に実刑判決なる記事および右判決の抄録によると、少なくとも前記関西製鉄株式会社が千代田信用組合の組合員であつたことだけは明白な事実である。この明白な事実は、当の被上告人自身(千代田信用組合を吸収合併した。)が最もよく承知していた事実に外ならない。だからこそ被上告人自身関西製鉄株式会社が千代田信用組合の組合員ではなかつた。」などとは本件においてただの一遍も主張していないのである。

六、以上要するに、原判決は、当事者の主張のない事実により上告人の本訴請求を排斥したものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすことは明白である。原判決は到底破棄を免れない。〈以下略〉

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